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歴史を知って風俗遊びをさらに楽しく!

昭和初期の風俗とは

チラリでも熱狂したストリップ黎明期

ストリップの元祖は1947年に登場した「額縁ショー」だとされています。
過激なダンスや奇抜なサービスはなく、ただ半裸の女性が絵画風にポーズを決め、乳房を露わにしているだけなのですが、長らく娯楽に飢えていた男性たちはそんなサービスでも大いに興奮し、ショーには連日長蛇の列ができていたと言います。

ストリップはその後さらに進化し、音楽に合わせてリズミカルに服を脱いだり、ヘアや女性器を露出したりと、客のニーズに応じて次第に過激さを増していきました。
警察当局の取締によりオールヌードは禁止されましたが、万博以降は各地で規制が緩和され、一部では非合法ながらも舞台上で女優との本番行為をさせる劇場まで登場し、その在り方はよりいっそう多様化していきます。

戦後流行した赤線青線とは

戦後間もない日本には、赤線地帯とよばれるエリアが存在していました。
赤線とは昭和33年施行の「売春防止法」にともなって名付けられた地域であり、かつては公娼制度によって合法的に売春が行われていたエリアを意味します。
政府としてはできるかぎり公娼制度を温存したいと考えていましたが、昭和33年をもって赤線地帯であっても売春行為は全面禁止、ということになりました。

一方、青線はもともと飲食店を名乗りながら秘密裏に売春を行わせていた店舗の集まる地域であり、赤線とは異なりこちらのほうは完全に違法となります。
赤線も青線も、日本政府の一方的な都合によって決められ、一方的に廃止された時代の遺物であることに変わりはありません。


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